今年は文部科学省の内部で「こども」の表記を「子供」に揃えたというニュースがありました。校正者としては著者の表記に従い、同じ文章のなかで意図がわからない不統一があったときにえんぴつで疑問出しをするくらいなので、それによって何か直接影響があるわけではありません。ただ実際のところ何が問題なのか興味があり少し調べてみました。
一般に話題となるのは「子供」の「供」が従属的な意味を含んでいるのか、いないのか、ということのようです。これについてはそれぞれの著者の感じ方というほかありません。それぞれの方針があっていいわけです。国立国語研究所のホームページ上の「よくある「ことば」の質問」コーナーでの解説も参考になります(http://www.ninjal.ac.jp/QandA/notation/kodomonohyoki/)。
また文部科学省の今回の決定についていえば、そもそも現行の「文部科学省用字用語例」にその標準として「こども」は「子供」と表記するとあります。したがって、その方針を徹底することにした、という程度の意味でしょう。
以上が現状なのですが、面白いのはここにいたる経緯です。実はかつての文部省では自ら「こども」という表記を採用していました。その理由は「供」の意味というより(それもいくらかあったのかもしれませんが)、「当用漢字」下での漢字使用全体を制限しようという方針に関係していたようです。
当用漢字とは広辞苑による説明をひくと、昭和21年に発表された「現代国語を書き表すために、日常使用する漢字の範囲を定めたもので、国語審議会が決定・答申し、政府が訓令・告示をもって公布した1850字の漢字」です。これの答申段階の「使用上の注意事項」には「イ この表の漢字で書き表せないことばは、別のことばにかえるか、または、かな書きにする」とあり、その制限的な性格がうかがえます。以下「ロ 代名詞・副詞・接続詞・感動詞・助動詞・助詞は、なるべくかな書きにする」などと続くのですが、その中に「ヘ あて字は、かな書きにする」というものがあります。
どうやらこの「あて字」に「子供」の「供」が該当するとされたようで、昭和32年に文部省から出された『国語問題問答第5集』には、
……「子供」と書くのもあて字でしょう。なにも「お供」という意味はないのですから、そこで近来は、そのあて字であるということを避けて、教科書では多く「子ども」または「こども」と書くようになりました。……今日、文部省の出版物には「こども」……と書くことにしています。
との方針が示されました。
これが昭和48年の「当用漢字改訂音訓表」での「漢字仮名交じり文は、ある程度を超えて漢字使用を制限すると、その利点を失うものである」との反省などを踏まえて、だんだんに色々な漢字表記が認められてきました。ちなみに、この改訂音訓表で「供」の字を「とも」と読む音訓使用の具体例として「子供」が記されています。そして昭和56年の常用漢字告示で当用漢字が役割を終えた後、昭和58年に文化庁編集で出された『言葉に関する問答集9』では、「供」には「当て字の色彩が濃い」としながらも今度は「子供」の表記を「採っておいてよい」としています。
子どもという誰もが辿ってきた時期を表す言葉だけにいつの時代も「問答」で気にされているわけですが、色んな理由でなかなかはっきりしないところが、やきもきさせる子供らしさなのかもしれません。
本文中であげた以外の引用文献・サイト
文化庁 1973 当用漢字改訂音訓表・改訂送り仮名の付け方(国語審議会答申)
文化庁(文化部国語課) 2011 新訂公用文の書き表し方の基準(資料集) 第一法規
文化庁ホームページ 国語施策・日本語教育 http://www.bunka.go.jp/kokugo_nihongo/index.html
このコラム執筆にあたっては日本校正者クラブでの話し合いから多くを学びました。