駒込の六義園のそばに東洋文庫という東洋学の研究図書館があります。そこが2011年に「東洋文庫ミュージアム」という博物館をひらき、現在では研究者でない私達も楽しめる場所になっています。出版・印刷関係の博物館といえば飯田橋の印刷博物館などが有名ですが、三菱の岩崎家の財力を気持ちよく使ってコレクションの基礎がきずかれたここも、なかなかよかったのでご紹介します。
受付で入場料を払って入った1階の部屋には、もちろんここにも好太王碑の大きな写し等いろいろ展示してあるのですが、ミニコーナーがたくさん。魁星印という本の神様(!)のスタンプを押せるコーナー、パソコンでシルクロードのモチーフを使ってオリジナル絵葉書が作れるコーナー、触れる本のコーナーといった具合。触れる本には巻物(もちろん本物ではないですが)もありました。巻き戻す自信がなかったので広げませんでしたが、次に行ったときには見てみようと思います。あと、シルクロード絵葉書は、デジタル化された本物の素材に触れられ、自分だけのテーマに沿った作品が作れるのでお勧めです。
2階に上がるとモリソン書庫があります。ここは壮観です。本が並んでいるだけなのに、書店とも図書館とも違う「景色」があります。岩崎さんがモリソンさんから今のお金にして70億円くらいで譲り受けたというコレクションが一望できます。ここの本は基本的に触れませんが、ガラスケースに入って展示されている本には『東方見聞録』のインキュナブラ(ヨーロッパの活字印刷初期の本)や、伊達政宗の派遣した使節の現地側の記録書など、興味深いものがたくさんありました。
現在やっている企画展「仏教」の展示物には、河口慧海がチベットから持ち帰った経典などありましたが、私がなかでも面白いと思ったのは「悉曇章(しったんしょう)」と「百万塔陀羅尼(ひゃくまんとうだらに)」でした。企画展の小冊子から解説を抜き書きすると、前者は平安時代のもので、梵字(サンスクリット語を表記する文字)の「音韻と書き方を習得させるための図表」です。つまり外国語を学ぶためのものですが「これを元に、日本語の音韻を並べ直して五十音の表が成立したと考えられる」というのです。日本語の基本の「き」である五十音表の成立に、外国語学習の視点が入っていたとは。
後者の「百万塔陀羅尼」は、770年に完成した「年代が特定できる日本最古の印刷物」であり、我々日本の印刷会社のものとしては見過ごすことのできないものです。高さ20センチくらいの「木彫の小塔に1本の経典が入って1セット」が、100万個作られたというからそのスケールに驚きです(誤りがあって刷り直しなんてことになったら大惨事です)。どんな印刷方法がとられたかは未だ謎なのだそうですが、1200年前の印刷文字をみると、当時の人々の息遣いが感じられるようでした。なお余談ですが古本屋さんで買うと680万円だそうです(http://www.navi-bura.com/special/museum_vol06.php)。安いんでしょうか、高いんでしょうか。
以上が東洋文庫ミュージアムに行ってきた感想です。なお、こちらの博物館にはミュージアムアテンダントというガイドさん(学芸員さんとは違う)がおられ、3時から希望すれば案内していただけます。展示のちょっとした裏話も含め、いろんなお話が聞けて参加してよかったです。また、最初にご紹介したシルクロード絵葉書についてはネット上で同じシステムが体験できるようです(http://dsr.nii.ac.jp/senga/museum/)。皆さんも機会があれば行かれてみてはいかがでしょうか。
参考文献
東洋文庫(岡崎礼奈・編) 2014 仏教―アジアをつなぐダイナミズム