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文化庁編集『新訂公用文の書き表し方の基準(資料集)』には「内閣に係る公用文における拗音及び促音に用いる「や・ゆ・よ・つ」の表記について(通知)」という文書が収められています。これは1988(昭和63)年に出されたもので、「内閣に係る公文書」について次のように言っています。

 ……従来、大書きにするか小書きにするか、必ずしも統一されていませんでしたが……漢字に付ける振り仮名(ルビ)を除き、拗音及び促音に用いる「や・ゆ・よ・つ」はすべて小書きとすることといたします……

ほんの30年ほど前まで拗促音を表すのに、小さな「や・ゆ・よ・つ」を使わないこともあった、というのは私にとって驚きでした。そこでこの仮名遣いというものについて、少し調べてみました。文化庁のサイトにあがっている文章などを読むと問題自体は専門的で難しいですが、単純に「見た目」のレベルでもいろいろ興味深い点がありました。例えば明治時代に一時期、小学校で「入門」を「にゅーもん」と書くよう教えていたとか(文化庁1980、p. 133)、森鴎外が歴史的仮名遣いを擁護していたこと、なのに彼は「R」と「L」を区別できる仮名遣いの可能性にも言及していたこと等々。以下、自分なりに整理してみます。

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日本語学者の今野真二(2014)によるとそもそも「仮名遣い」とは「表音系文字である仮名を、ある語を書き表わすためにどのように使うかということ」です(p. vi)。そして狭い意味では「日本語の音韻と、それを表わす仮名との間に一対一の対応が保たれなくなった時期において、設定される概念」であり、「音韻は減少していったため、結果的に仮名が「余る」こととなり、この余った仮名をどのように使うかということ」だそうです(p. vii)。そんななか歴史的仮名遣いや、今の現代仮名遣い、といったルールが作り出されたわけです。

歴史的仮名遣いとは、江戸時代にその基本的な考え方ができ、明治以降戦後すぐまで基本的なルールとして教えられてきた仮名遣いです。このルールでは漢語を表わすときの「字音」と、それ以外の本来の日本語を表わすときの「国語」に分けられるようです。このうち字音の仮名遣いでは、今野の本のp. 227にあがっている例を引くと、「コー」と発音するものでも漢字によって「かふ」「こふ」「こう」「くわう」等と表わし分けるといいます。確かにこれでは改正論議が起きるのもうなずけます。

それを受けての現代仮名遣いにいたる紆余曲折がありました。先に触れた音引きを使用する「にゅーもん」といった仮名遣いの採用もありましたし、それへの反発もありました。詳しくは文化庁のサイトにある、昭和50年代にまとめられた仮名遣い資料集をご覧いただきたいですが、国語辞書『言海』の大槻文彦(1908)が「字音」について「私共ハ見レバ頭痛ガイタシマス」と言っていたりします(p. 65)。森鴎外(1908)の「R」と「L」の話は、基礎研究としてという但し書きがあるものの、

……外国ノ語ヲ書クトキニ英語デ云フ「アアル」ト「エル」ナドハ別々ニ表ハサレナイ、是レナドモ何カ符号ヲ以テ表ハスコトガ必要デアル、サウナレバrトlノ音ヲ別々ニ表スコトガ出来ルト思フ、……(p. 85)

と「符号」の使用の提案など述べられます。

今ある仮名遣いが当然のようにあって、「古文」があって、以上。そんな感覚でいましたが、拗促音を小さく書くことだけでなく仮名遣い全般において、「見た目」だけで考えてもいろいろな苦心のすえの現在があるのだなと思いますし、ひょっとして今の姿も仮の姿なのかも、とも思えてきます。

参考文献・サイト

大槻文彦 1908 臨時仮名遣調査委員会で述べられた意見(文化庁1981所収)
今野真二 2014 かなづかいの歴史 中公新書
文化庁 1980 仮名遣い資料集(諸案集成)
文化庁 1981 仮名遣い資料集(論評集成その1)
以上2点、文化庁ホームページに掲載
http://www.bunka.go.jp/kokugo_nihongo/joho/sisaku/enkaku/index.html
文化庁 2011 新訂公用文の書き表し方の基準(資料集) 第一法規
森鴎外 1908 臨時仮名遣調査委員会で述べられた意見(文化庁1981所収)